鎌倉ヤマガラ日記

鳥の話はあれども野鳥観察日記ではない似て非なるもの

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野であるように

急速に暖かくなっていく季節がある。
おそらく樹齢は80年を超えているだろう庭の桜の老木も満開を迎えたようだ。
老いたせいもあり、また不在にしていた間に手入れがされなかったせいもあってテングス病が進んでしまっているので、この桜の花を楽しめる日々はもうそう長くはないのかもしれない。
ソメイヨシノの寿命は60数年と聞くから、そういう意味でもこれは晩年を迎えた花なのだろう。

 

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テングス病は天狗の巣の意味らしいが、枝が細かく枝分かれして繁茂するが花が咲かなくなり、やがて衰えて枯れる。
二枚目の写真はその天狗の巣になった枝の部分(左上)。

 

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いわば過剰な枝分かれなのであり、人間で言えば癌とでも言える不治の病なのかもしれない。
緑があるのに!と考えてしまう。
この老木の最後の年月をしっかり愛でてやらねばならないと思っている。

 

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前にも書いたけれど、私はいかにも庭園という庭を好まない。
おそらくそれは何処かで、鎌倉の観光化が進んで鎌倉の自然や文化が商品化しつつあることへの私の反発(いや抵抗であるのかもしれない)と繋がっているのだろうが、そうでなくてももともと無造作な美というか趣きが好きだった。
生花でもいかにも生花という姿は好きではなく、野にあるかのように何気なさそうに一輪挿しに投げ入れられた花を好む。
シロツメクサとアカツメクサを庭中に蒔いたのもそんな思いからだったのだが、下は森のようにこんもりと育ったアカツメクサだ。
大きくなれば高さは20cmにはなるとは知っていたが、既に30cmにはなっている。
ほとんど足の踏み場もないほどだ。
その中に色々な色の雑草の花が咲く。

 

ちょっと前まではホトケノザの全盛期だったが、今はオオアラセイトウ(大紫羅欄花、Orychophragmus violaceus、ダイコンノハナと呼ぶハナダイコンとは異なる)の紫が美しい。
二羽のモンシロチョウがお互いの周りを舞うようにしながらオオアラセイトウの紫にやってきていた。

 

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小さな鉢の羽音も聞こえるようになった。
シロツメクサの花が咲くようになればミツバチも増えることだろう。

鳥の餌台の木の枝下は雑穀類の茎と葉が勢い良く伸びてまるで木を取り巻く畑のようになってしまっている。
畑と言ってもそれは整えられた畑ではない。
無造作に鳥が跳ね飛ばした種が自ずから芽を出し伸びたものだ。
菜の花もあの強い香りを楽しめるほどに広がっているわけではないが、鮮やかな黄色の花が美しい。

 

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「野にあるように」を是とする茶花の流派があるが、私の庭は「野にある」どころか野原そのもの、「野であるように」を是とする場所になりそうだ。

そろそろまた小さな畑を含む庭仕事をする季節になるのだなと思う。
夕方には気の速い夏の虫の声がする。
ウグイスが日がな一日鳴いている。
草木の匂う季節になったのだ。

 

(2017/04/16)

 

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