鎌倉ヤマガラ日記

鳥の話はあれども野鳥観察日記ではない似て非なるもの

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反グローバリズム

世界的に「反グローバリズム」の嵐が吹き荒れていると言う。

そうかもしれないし、事実はそうでないのかもしれない。

 

グローバルであることに世界は傾斜してきた。

しかし、それは人を疲れさせる。

 

なぜなら、人は、いや、ありとある生き物は小さな自分の環境の中で、ローカルに生きるだけでも精一杯なのに、グローバルな価値観・出来事・情報に晒されるだけでなく、それに適応することを余儀なくさせられて、いわば、ローカルとグローバルの二重生活を強いられているからだ。

 

世界観にせよ人生論にせよ文化にせよ経済にせよ、ローカルなものとグローバルなものが矛盾も目立った継ぎ目もなく両立する、あるいは一致するというような幸福な出来事はまず起きない。

平行ではないネジレの関係のように両者は微妙にすれ違いながら異なることを思考し、志向し、その開きは次第に大きくなる。

その二つをグローバリズム以降の人間たちは矛盾なく受け入れるという困難な課題を背負わされている。

最初は容易にできたとしても次第にそれは重荷になっていくし、現実的な問題としてみれば不可能ですらあるだろう。

 

かって世界はローカルな分散したものだった。

海の向こうも山の向こうも遠く、それぞれの地域はお互いを知らないがゆえに干渉しあうことも少ない、幾つもの孤立した「村」だったのだ。

そしてある次元では今もなお皆はローカルに生きているのだが、情報や経済、政治などの流通速度と広域性の異常な亢進によって、つまり、様々な形のリンケージ、様々な形のネットワークによって、以前にもましてグローバルな力に晒されるようになった。

 

トランプ現象は良かった昔に戻りたいという単純な懐旧の念からのみで成り立っているのではない。

むしろ、今の避け得ない、逃げられないグローバリズムの波に疲れたローカリズムの足掻きとも言える。

それゆえ、それはアメリカだけに限定されず世界中に広がる可能性が高い、いや、既にもうその疲労感は世界的に蔓延しているのかもしれない。

パンデミック・オブ・グローバリズム・・・・ pandemic of globalism? 

いや、むしろ、 pandemic of glocal conflict  というところだろう。

しかもその根っこはまだ目に見えない所に漂っていて invisible なままであるはずだ。

 

いわば「反グローバリズム」は今のところ、様々な意味のネットワーク化社会への切羽詰まった反撃、あるいは、力ない反語なのだ。

そうであれば、Trumpのtweetは自ら逃れたいもの、避けたいもの、克服したいものに頼っている深く矛盾した行動だということになる。

いや、その矛盾こそ、まさに、今の世界が、ローカルとグローバルの間で揺れ動いている証拠なのかもしれない。

 

奇妙なことに各国の反グローバリズム勢力は国際的に提携しようとしている。

皆でそれぞれ別々にやっていくことを国際的に連携する?

この明らかな矛盾も、今の世界が、ローカルとグローバルの間で揺れ動いていることを強く指し示しているだろう。

そういう反グローバリズム勢力の国際提携(「アメリカでもそうだったのだから我が国でも」というような奇妙な連帯意識)はその国の国内的にはおそらく成功しないだろう。

反グローバリズムに傾く人たちは他国と同じようになることを嬉しくは思わないからだ。

それは理屈ではなく情緒的なものだからだ。

 

ローカルな経済がグローバルな経済に侵食されたことなど氷山の見えやすい一角に過ぎないのだろう。

そして、この問題はおそらく国家単位だけではなく、一地域、一国、あるいは一地方自治体といったレベルでも似たことが起きつつあるに違いない。

 

(2017/03/20)

 

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