この写真もだいぶ時間がずれてしまっている。
そうだ、この数カ月に起こったことを時間軸に沿って語ることはできないと諦めた。
話が行きつ戻りつする中で自ずと何かが見えてくれば、私なりに目的を果たせる気がする。
味気のない金属フェンスが嫌だったので、枯れたり邪魔だったりして切ったままにしてあった竹を編むようにして竹垣を作っていた。
できれば、その竹垣に、少し横で繁茂しているスイカズラを誘導して茂らせたいと思っている。
そこまで行くのにどれほどの時間がかかるのかわからないけれど、この夏に少しは伸び広がってくれるといいなと。
出来栄えはいずれまたにしよう。
竹垣を編んでいたら、少し離れた公道の脇から誰かがじっとこっちを見ている。
どうやらヨーロッパ系の観光客なのだろう。
大きなバックパックを降ろして汗を拭きながら。
声をかけてくるでもなく、荷物をそこに置いたまま、私道を抜けて北の庭の方に歩いて行って、しばらくして戻り、それからずっと立ち尽くしている。
一段落したところで声をかける。
聞き取りにくい英語だった。
イギリス風でもなく。
何かに興味があるのかと尋ねると近寄ってきて、器用なことをしているなと思っていたと言う。
釘も針金も紐も使わずに割った竹で垣根を作るのは初めて見たと。
それからしばらく話し込んでしまった。
もう若くはない。アメリカ人でテキサスかフロリダか、南部で建材会社を経営していると言う。
昨年、脳梗塞になって会社の実務を誰かに任せざるを得なくなったので、今は歩く旅をしている。
そう言われて、聞き取りにくかったのは発話が若干不自由なところがあるせいだと気づいた。
それにしては健康そうに見えると言うと、苦笑するように笑って「今は」とだけ言った。
それから実に1時間半も話し続けていた。
政治やら宗教と観光の関係など、いろいろと通うところがあったのだと思う。
その時間の中で旅行者は三種類の花の名を尋ねた。
honeysuckle の和名
あの山の中腹にある紫色の蔦のような花
奥の竹やぶに咲いている小さな白い花
私の答えは:
スイカズラ
フジ 学名は忘れたが wisteria でわかったらしい
マルバウツギ 私はなぜかこれの学名を知っていたが彼にはわからなかったらしく、また、私もまた英名を知らなかったので和名を逐語訳して、「葉の丸い中空の木」と。
「中空」をemptyと言うべきかhollowというべきか迷ったので、成長すると成長すると中空になるのだという話をした。
いわば、植物のexoskeltonというところだなと言うと深く頷いてから微笑んで、植物にもそれなりのarchitectureがあるものだと。
竹に絡みついて咲いているのかと思ったと彼は言う。
いや、竹の向こうの岩壁に根を生やしているのだと説明する。
崖っぷちの植物たちは意外に強いものだ。
その下辺りの岩壁には、祖母が大事にしていたイワタバコが広い葉を静かに広げている。
人がなんだかんだとアプローチしない場所のほうが、どんな自然も豊かに保たれるのだろうか。
だとしたら、人の営みは虚しい。
植物の「居場所」はなかなかに興味深いものがあるといって彼はしばらく黙りこむ。
そう言えば、この花も北の家に半分隠れていたものだったが、家がなくなって陽の光の中に現れたのだった。
そうやって時間が過ぎていった。
五月の日差しは日焼けするに十分なほどだったと後から気づいたほどだ。
おそらく二度と会うことのない人との時間は濃密だったらしい。
(2018/06/18)