鎌倉ヤマガラ日記

鳥の話はあれども野鳥観察日記ではない似て非なるもの

移動する者・踊る者

 

鳥たちは遠く移動する、海原や大陸、高い山脈の頂きをも超えて。

小動物も移動するものの、その距離は限られているだろう。

植物たちはほとんど根付いた土地から移動することはない。

移動したければ、子孫である種子を風や鳥たちに運んでもらわなければならない。

 

花たちは踊るだろうか。

おそらくは風の中で受動的に、しかし愛らしく踊ることはあるに違いない。

動物たちは踊るだろうか。

遊ぶとき、恋のとき、彼らは踊っているように見える。

鳥たちは踊るだろうか。

彼らが踊れることは確かだし、それは舞うという言葉で語るべきほどだ。

 

鳥は卵を産み、自分たちが落ちた後に生き続ける次の世代を育む。

小動物たちも大きな動物たちも子どもを作り、子孫へとつながっていく。

植物たちは、移動し繁茂するために花を得て、種子を得る。

しかし、蔦(つた)や蔓(つる)、地下茎を伸ばして広がっていく植物たちの「親」はどこまでで「子孫」や「次世代」はどこからなのだろう。

挿し木した枝の幹だった木と挿し木された枝が根を生やし育ってできた木は親子なのだろうか、あるいは兄弟、それとも全く同じ個体なのだろうか?

 

しばしば私は考える、生き物たちの移動する能力と世代交代の関係を。

しばしば私は考える、生命の移動する能力と生命の連続性と不連続を。

 

いのちの舞台の上で踊り子たちが髪を揺らし身体を揺らして踊っているのを私は今見ている。

彼らだって、時とともに育ち大きくなり、やがて恋をして、次の世代の顔を見る時が来る。

それまでに、どれだけ多くの跳躍と回転と溢れかえる表情とを繰り返すことだろう。

 

私は今、思い浮かべる、さまざまな形と色をした彼らの連続と不連続を。

 

 

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庭の東、竹やぶの南側には湿地と言いたくなる一画がある。

谷の多い土地柄ゆえ谷を下る水の道は必ずしも川として顕在化しないで、湿地化する。

しかし、この場所はもともと小川があったのだ。

そこに昨年植えた湿地性カラーが大きく育って今年は多くの花を付けた。

湿地性カラーは古くオランダからトライしたアフリカ産の植物なのだそうだが、彼らは球根を作らず、生育過程で葉腋に花芽を作る。

彼らは風の中でも動かずに静かに、茎や葉の渦巻いた延長曲面のような真っ白な見かけの花(仏炎苞)を広げる。

写真の5月の花は6月の今はもう萎れて消えてしまった。

 

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(2018/06/20)

 

 

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