鎌倉ヤマガラ日記

鳥の話はあれども野鳥観察日記ではない似て非なるもの

六月の向日葵と金蓮花

 

家を解体して家の姿がなくなると、そこには「跡地」という名の空白が現れる。

跡地といえば、何かの跡なのであって、それが古寺などであれば礎石や何かしらの遺構が残り、そのかっての姿を想起させるのだが、小さな木造の家は何も残さなかった。

それを予想して、家がまだ建っている間に、私は家の裏に鳥用に買って余っていた向日葵の種を播いた。

家がなくなった空白に、大輪の黄色い花、そして、それを載せるたくましく太い茎が伸び上がるように、と。

それがまだ芽を出す前に家がなくなったので、その跡地の縁部分に今度はナスタチューム(金蓮花)の種を播いた。

その異なった2つの植物は、やがて土の奥から伸び上がり、家がなくなった陽だまりに芽を出し緑の葉を広げた。

でも周囲には何もなく、竹やぶの竹の葉が散り積もっていた。

 

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それから二月ほども経った今、「跡地」には二十本ほどの向日葵が大きく育ち、その足元にはナスタチュームが黄色や赤の花を咲かせ始める。

最初の向日葵の花はまだ咲き始めであるのか、あるいは、そういう種類なのか、そしてまた、まだ六月の日差しであるせいか、その花は大輪ではないけれど、近寄って見れば、まさにあの種を数多く抱いた向日葵だった。

 

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そして、蓮のような葉も数しれず咲く花も食用にもできるナスタチューム(ピリ辛でサラダなどに)も、まだそれぞれの株は大きく広がっていないけれど、鮮やかな花を付けている。

 

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その変化、それは経過した時間の長さよりも遥かに大きな質的な変化であると私には感じられる。

無論それは、私が自分の状況の変化を、花たちに仮託して感じとっているということなのだろう。

変化はまだ、終わっていない。

 

(2018/06/22)

 

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